
湯沢町歴史民俗資料館「雪国館」では、湯沢町在住の画家・髙橋貞良(たかはし さだよし)さんの作品12点を展示しています。
貞良さんが描き続けているのは、古き良き日本の家屋や、そこに息づいてきた人々の暮らし。
懐かしさと温もりを感じさせる作品の数々からは、失われつつある昔の生活風景を絵の中に残し、後世へ伝えたいという貞良さんの思いが伝わってきます。
展示会のタイトルにもなった『なつかしい家屋』
昭和15年(1940)、十日町市に生まれた貞良さん。幼少期は、新潟県との県境に位置する長野県栄村で過ごしました。
絵を描くきっかけとなったのは、小学5年生の頃に参加した写生大会だったといいます。飯山線沿線の小学校を対象に開催された写生大会。学校を代表して級友とC型蒸気機関車に乗り、信濃平へ向かった思い出は、今も懐かしく心に残っているそうです。
社会人になってからは、仕事の合間に絵を描き続けてきました。湯沢町に移住してからは、地元公民館の絵画講座などで指導を受け、仲間とともに研鑽を積みながら、画家としての方向性を見出していきました。

平成29年(2017)、リニューアルされる前の雪国館の展示スペースで『高橋 貞良 油彩画展 なつかしい家屋』を開催しました。9点の油絵を展示しました。
展示会のタイトルにもなった、こちらの作品。
80代の女性が暮らしていた家で中を見せてもらったら、囲炉裏には薪を燃やすストーブ、右奥にはスイバン(台所)があり、昔の生活の様子が残っていたので描かせてもらったそうです。
囲炉裏を見ると「わたし」という鉄製の道具があります。囲炉裏の中に置いて、おむすびや餅を焼いて食べたのだそうです。「焼きおむすびの中に味噌漬けが刻んで入れてあって、それがすごく美味しかったのを覚えている」と貞良さんは話していました。
『なごり』という作品が残してくれるもの

令和3年(2021)、同じく雪国館の展示スペースで『高橋貞良・作品展 古民家の記憶』を開催しました。11点の油絵を展示しました。
このとき展示された『なごり』。展示会が終わり、この絵が雪国館からなくなった後に感じたのは、本当に人が一人いなくなってしまったような寂しさでした。
後日、貞良さんにお願いし、再び雪国館で展示させていただけることになりました。この作品がそばにあると、どこかほのぼのとした、あたたかな気持ちになります。
朽ちた壁に、オレンジ色のカラスウリだけが鮮やかな生命力を見せる。そこに描かれているのは、過ぎ去った時間のなごりでしょうか。
古い建物に残る、雪国の暮らしの知恵

写真の左が『納屋』。土壁を覆う板が古びていたり、壁の一部の小舞(=土壁の中にある骨組みのような部分)が露出したりしている部分に年代を感じて、描かれたそうです。
もう一枚が『背負い台のある農家』。土蔵造りの建物の壁には、杉皮を使用しています。このような工法を後世に残さなくてはと思い、この絵を描かれたのだそうです。
「背負い台」は「ショイコ」や「ハシゴセナコウジ」(湯沢ではセナコウジをセナカイチと言います)とも言い、荷を背中に当て、荷縄で固定して運搬するための道具です。荷車やリヤカーもありましたが、坂道の多い山村地域では、人が背負うことが多くありました。
絵に描かれた、昔の農家の暮らし

左の大きな作品は『ある農家の軒下』。F80号で、横約145cm・縦約112cmの大きさがあります。昔は厩(うまや)だった場所を物置にして、農作業に必要なものを色々と入れてありました。農家としての暮らしぶりがうかがわれます。
もう一点は『懐かしい家屋(旧宅)』。戦後開拓で入植した際に建築した家で、当時は廃屋になっていたのだそうです。生活していた様子を再現したいと思い、馬籠、せなこうじ、背負い台等、絵の中に入れて描いてあります。
町内の美しい風景を描いた5点

貞良さんは主に古い建物をテーマに描かれますが、風景画も時々描かれます。雪国館からリクエストして町内観光地の風景画5点を展示しました。
『山鳥原公園』が2点。山野草や白樺、ツツジの森、旧三国街道を再現した石畳の道があり、四季折々の自然散策を楽しめます。湯沢町三国にあり、雪国館から約18キロ、車で約20分。
『ひょうたん池と赤い橋』が2点。湯沢中央公園内、カルチャーセンターの隣にある「ひょうたん池」に赤い橋がかかり、桜の季節には多くの人が訪れます。湯沢町神立にあり、雪国館から約2キロ、車で約4分。
『大源太山』。大源太湖にかかる「希望大橋」から大源太山が真正面に見られます。新緑の季節や紅葉の季節は、特に美しい景観です。湯沢町土樽にあり、雪国館から約10キロ、車で約20分。
新作!『石川雲蝶の仁王像のある古寺』

町内にある曹洞宗の寺院、瑞祥庵の山門には、幕末の彫刻師・石川雲蝶が手掛けた仁王像が安置されています。
今年、貞良さんは瑞祥庵の山門を描かれました。「雲蝶の仁王像が湯沢にあるということを広く認識してもらいたいと思って描いた。やっぱり町指定文化財だし、町の宝だから」と話していました。

弘化4年(1847)、山門の建て替えが行われました。その後、安政3年(1857)、仁王像が二体、寄進されます。二体のうち一体、左側の吽形(うんぎょう)の仁王像が、小千谷の縮商人による寄進申し出により、十一両二朱五百文で造られました。

右側の阿形(あぎょう)の仁王像は、檀家さんたちによって寄進されました。

昭和4年(1929)には、小千谷の塗り師により彩色が塗り直されました。以前は柵があるだけで外気にさらされていた仁王像ですが(写真は当時)、現在はアクリル板がはめこまれています。貞良さんは住職に頼んで、半日だけアクリルを外してもらい、現場で3時間ほどかけて仕上げたそうです。
※ご注意※ 瑞祥庵は、観光客への案内をしていません。トイレは使用できません。積雪期は山門が雪囲いされるため、仁王像をご覧いただけません。
かつての暮らしに思いを巡らせてみては
展示している12点の作品には、古民家の佇まいや、そこにあった暮らしの道具、そして湯沢町の美しい風景が描かれています。貞良さんは、失われつつある建物や暮らしの記憶を、絵を通して今に伝えてくださっています。
一枚一枚の絵をゆっくり眺めながら、かつての暮らしに思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
ちなみに「貞良さん」と下の名前でお呼びするのは、町内で高橋姓が多いためです。私も同姓ですが、貞良さんの身内というわけではありません。私の家は周りの家もほとんど高橋なので、屋号で呼びます。商売をしている家でなくとも「大黒屋」「扇屋」などの屋号があることが多いです。
雪国館スタッフ 「恵比寿屋新宅」高橋
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